昨日は新宿ネイキッドロフトで
三峯徹20周年トークライブに行ってきました。
会場前にもかからわず予約の時点で60人越え、当日は80人近くと
大変な盛り上がりっぷりでした。立ち見も入っての大盛況。
三峯徹先生を知らない人はこちらを参照
アンサイクロペディア三峯徹
まぁちなみにうちでも一回サンクリに参加していたところを見ていたので
対面はそれほど感動もなく。
マンガ家の浦嶋嶺至さん・芸人のBadGuyナベさんが登場しトーク後、三峯先生登場。
しばしのフリートークの後、三峯先生の軌跡を
スキャニングした画像と合わせながらトーク
初投稿時は絵を描かず、文のみで
三峯のペンネームの由来について記述
三峯のルーツは学生時代にアルバイトをしていた
『三峯産業』というのが由来らしい。
以降膨大な数の記事を上げながら
スキャンをしていた浦嶋嶺至先生の根気たるやすごい。
三峯先生が投稿していたエロ漫画雑誌の
投稿コーナーの編集担当をしていた
結城らんなさんが来て、当時の編集のやりとりなんかを話していました。
結城らんなさんブログ
みんなが三峯先生の絵柄の味を理解し、
大切にしていたというのが分かります。
途中のトークで印象に残ったことをいくつか
・当初は女の子以外の男キャラなども描かれていたこと
・今の三峯風のスタイルになるまで、数多くの試行錯誤があったこと
・途中金髪が連続した時代があったこと
・ショタやBL雑誌などにも数多く出していたこと
・引っ越しを数多くしていたせいで、PNの住所がバラバラだったこと
・投稿する雑誌の中にはアンチがいて、ハガキが一切載らなかったこと
マンガのアンチならわかるが、投稿ハガキにアンチがいるなんて
どんだけ影響力が強いんだ三峯先生は・・・
そんな数々の逆境を乗り越えつつも、休まず投稿ハガキを
書き続けること20年というのは、やはり伊勢田勝行先生と同じ、
アウトサイダーアーティスト、日本のヘンリーダーガーとでもいうべき人物であります。
途中やりとりをみていて、いかに三峯先生が温厚で
いい人なんだなというのを感じました。
そして90年代前半~中盤にかけて多くあったエロ漫画では
今でこそ有名な様々な絵師が数多くいました。
あの司淳村田蓮爾も当時はハガキの投稿常連だった………!
当時の成年漫画の読者投稿欄のレベルは高く、ネットなども無い時代で
多くの人に絵を出す機会というのはこういう雑誌の
投稿欄以外にほとんど無かったことを考えると
同時期に同世代を生きている三峯先生はやはりすごい。
ここで20周年を記念して様々なサインを有名絵師から貰っていました。
写真はとれませんでしたが、ぼっしぃ先生をはじめ15枚程のサイン色紙が集まっていました。ダーティ松本先生の色紙もありました。
そして中盤にサプライズとして登場したのが
三峯先生を尊敬するAV女優の嶺なゆかさん。
あまりのサプライズに困惑して話せない三峯先生
峰なゆかさんブログ<18禁注意>
嶺さんいわく、
小学校の時に廃品回収でエロ漫画雑誌を見たときに、「なんだこの人は」というのを感じ
その後成年になって、やはりエロ漫画雑誌を手に取って、同じ人が描いていたという驚愕の事実。
これはすごい。
そしてさらに後半に入り、次々と明かされる驚愕の事実
・ピーク時は月100枚は描いた
・月に30冊以上の雑誌を買う
・一枚を描くのに「ちゃちゃっと」5時間をかける
 注:5分ではない
・体と胴体は違うGペンで書いている
・トーンはICの61番、ただし乳首のみ41番
三峯先生の描くキャラは途中から徐々に
今のスタイルに近づいていくんですが、この短いスパンをみても
絵が上手くなっているのがわかります。
伝説の投稿、自由コーナーで「朝顔に彼女とられてもらい泣き」は正直感動した。
そして
フタコイ、絶望先生などアニメや漫画で氏をリスペクトする人が
多くいること
Wikipediaでは一部の人達が三峯徹の項目を
「経済的な効果を生み出して居ない」と削除していることが
問題に上がっていました。
しかし実際はどうでしょう
三峯先生の絵が雑誌に載ることで読者投稿欄のレベルの幅が広くなり、ハイレベルな作品になりすぎないという
いわば『当て馬』的な意味合いがあったことも話されていました。
三峯先生が描いた絵が読者投稿に載ることで、
「俺でも描ける」と思い立ち、ペンを持った多くの人が、才能を見いだされ、やはり商業デビューして世に出て行ったかもしれない
ということを考えると、氏が現在のエロ漫画業界、ひいては日本のアニメや漫画文化に果たした役割、経済効果は
決して小さくないんじゃないかと思いました。
すばらしい。
そして今後の今後の展望というところで三峯先生が
『次は漫画を描きたい』というのを言って一同拍手
是非とも見てみたいものであります。
直筆サインのじゃんけん大会がありましたが秒殺で負け、悔しい思いをすることに
最後のお土産はなんと
20周年記念エコバック!!

なんとも太っ腹なサプライズでした。
これをもって即売会や秋葉原に繰り出していつでも三峯先生と一緒です。
いやぁ面白かった。
浦嶋嶺至さんのページはこちら

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昨日は新宿ネイキッドロフトで 三峯徹20周年トークライブに行ってきました。 会場前にもかからわず予約の時点で60人越え、当日は80人近くと 大変な盛り上がりっぷりでした。立ち見も入っての大盛況。 三峯徹先生を知らない人はこちらを参照 アンサイクロペディア三峯徹 まぁちなみにうちでも一回サンクリに参加していたところを見ていたので 対面はそれほど感動もなく。 マンガ家の浦嶋嶺至さん・芸人のBadGuyナベさんが登場しトーク後、三峯先生登場。 しばしのフリートークの後、三峯先生の軌跡を スキャニングした画像と合わせながらトーク 初投稿時は絵を描かず、文のみで 三峯のペンネームの由来について記述 三峯のルーツは学生時代にアルバイトをしていた 『三峯産業』というのが由来らしい。 以降膨大な数の記事を上げながら スキャンをしていた浦嶋嶺至先生の根気たるやすごい。 三峯先生が投稿していたエロ漫画雑誌の 投稿コーナーの編集担当をしていた 結城らんなさんが来て、当時の編集のやりとりなんかを話していました。 結城らんなさんブログ みんなが三峯先生の絵柄の味を理解し、 大切にしていたというのが分かります。 途中のトークで印象に残ったことをいくつか ・当初は女の子以外の男キャラなども描かれていたこと ・今の三峯風のスタイルになるまで、数多くの試行錯誤があったこと ・途中金髪が連続した時代があったこと ・ショタやBL雑誌などにも数多く出していたこと ・引っ越しを数多くしていたせいで、PNの住所がバラバラだったこと ・投稿する雑誌の中にはアンチがいて、ハガキが一切載らなかったこと マンガのアンチならわかるが、投稿ハガキにアンチがいるなんて どんだけ影響力が強いんだ三峯先生は・・・ そんな数々の逆境を乗り越えつつも、休まず投稿ハガキを 書き続けること20年というのは、やはり伊勢田勝行先生と同じ、 アウトサイダーアーティスト、日本のヘンリーダーガーとでもいうべき人物であります。 途中やりとりをみていて、いかに三峯先生が温厚で いい人なんだなというのを感じました。 そして90年代前半~中盤にかけて多くあったエロ漫画では 今でこそ有名な様々な絵師が数多くいました。 あの司淳や村田蓮爾も当時はハガキの投稿常連だった………! 当時の成年漫画の読者投稿欄のレベルは高く、ネットなども無い時代で 多くの人に絵を出す機会というのはこういう雑誌の 投稿欄以外にほとんど無かったことを考えると 同時期に同世代を生きている三峯先生はやはりすごい。 ここで20周年を記念して様々なサインを有名絵師から貰っていました。 写真はとれませんでしたが、ぼっしぃ先生をはじめ15枚程のサイン色紙が集まっていました。ダーティ松本先生の色紙もありました。 そして中盤にサプライズとして登場したのが 三峯先生を尊敬するAV女優の嶺なゆかさん。 あまりのサプライズに困惑して話せない三峯先生 峰なゆかさんブログ 嶺さんいわく、 小学校の時に廃品回収でエロ漫画雑誌を見たときに、「なんだこの人は」というのを感じ その後成年になって、やはりエロ漫画雑誌を手に取って、同じ人が描いていたという驚愕の事実。 これはすごい。 そしてさらに後半に入り、次々と明かされる驚愕の事実 ・ピーク時は月100枚は描いた ・月に30冊以上の雑誌を買う ・一枚を描くのに「ちゃちゃっと」5時間をかける  注:5分ではない ・体と胴体は違うGペンで書いている ・トーンはICの61番、ただし乳首のみ41番 三峯先生の描くキャラは途中から徐々に 今のスタイルに近づいていくんですが、この短いスパンをみても 絵が上手くなっているのがわかります。 伝説の投稿、自由コーナーで「朝顔に彼女とられてもらい泣き」は正直感動した。 そして フタコイ、絶望先生などアニメや漫画で氏をリスペクトする人が 多くいること Wikipediaでは一部の人達が三峯徹の項目を 「経済的な効果を生み出して居ない」と削除していることが 問題に上がっていました。 しかし実際はどうでしょう 三峯先生の絵が雑誌に載ることで読者投稿欄のレベルの幅が広くなり、ハイレベルな作品になりすぎないという いわば『当て馬』的な意味合いがあったことも話されていました。 三峯先生が描いた絵が読者投稿に載ることで、 「俺でも描ける」と思い立ち、ペンを持った多くの人が、才能を見いだされ、やはり商業デビューして世に出て行ったかもしれない ということを考えると、氏が現在のエロ漫画業界、ひいては日本のアニメや漫画文化に果たした役割、経済効果は 決して小さくないんじゃないかと思いました。 すばらしい。 そして今後の今後の展望というところで三峯先生が 『次は漫画を描きたい』というのを言って一同拍手 是非とも見てみたいものであります。 直筆サインのじゃんけん大会がありましたが秒殺で負け、悔しい思いをすることに 最後のお土産はなんと 20周年記念エコバック!! なんとも太っ腹なサプライズでした。 これをもって即売会や秋葉原に繰り出していつでも三峯先生と一緒です。 いやぁ面白かった。 浦嶋嶺至さんのページはこちら